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パリ一人旅 (2002年1月)


2002年の冬に一人で旅したフランスのパリを振り返ります。
パリはこれ以前にも2回行っているので、2002年の旅は3回目のパリ、約2週間滞在しました。
全日空の直行便でシャルルドゴール空港へ。空港からはメトロで市内に入りました。
パリについてまずやることはメトロの定期を購入すること。
現在は廃止されて新たなIC定期券が導入されているらしいですが、当時はカルトオランジュというオレンジ色の定期券を自動販売機で購入した記憶があります。
ゾーン1〜8くらいの区分毎に料金が違っていましたが、ゾーン1でパリ市内ならどこへでも行けました。近くの郊外まで足を延ばすことがあったので、ゾーン2くらいのカルトオランジュを購入するのが常でした。

パリ北駅付近

パリの北駅付近はホテル街

ホテルは到着日のみ確保して、滞在中のホテルを予約せずに行ったので、まずは朝からホテル探し。北駅(Gare du Nord)の界隈には安いホテルが建ち並んでいるので、北駅へ行きホテル街を探す。
星有りで一つ星か二つ星クラスを狙って、条件はテレビとシャワーがあること。そして勿論値段。
冷蔵庫は冬なので条件に入れない。冷やしたい物は窓辺で冷やせる気温なので。

条件に合う部屋に希望する日数の空きがあることをフロントで確認したら、決める前に鍵だけ貸して貰って部屋を見る。問題がなければフロントに戻って宿泊の手続き。
安いホテルは門限があることが多いので、門限後の入室方法も確認。暗証番号で門を開けるか、インターホンで開けて貰うか、もしくは合鍵を借りるか、いずれかが一般的。

パリの安ホテル

こじんまりとした部屋

あっと言う間に希望通りの部屋を見つけてチェックイン。
部屋は狭いがテレビもある。シャワーは隣の部屋と共同だったが、二室で共同くらいならそれほど利用しづらいということもないと思う。
値段も二週間で納得の格安料金。ちょっと安すぎるのではという感じだったのは、目の前が大人の玩具店だったからかも。別に問題ではない。

北駅界隈は治安が良くないから宿が安いのだという話もあるけど、確かにターミナル駅なので色々な人がいる。ジプシーも多い。スリや置き引きには絶好の稼ぎ場所かもしれない。
しかし日本でも池袋や新宿といった大きな駅の周りは似た様な物。便利で雑多に人のいる所では仕方が無い。都会で起こりがちな犯罪に注意出来る人であれば特別怖がるような場所ではないと思う。

パリ市内はホテルがとても多いので、他の場所でも探せば安くていい宿はたくさんあると思う。
しかし足で探すのであれば、ホテルが集中している場所はやはり便利だ。

パリに来たらまず行くのはモンマルトル。
サクレ・クール寺院やテルトル広場の辺りは観光客でごったがえしているが、そこから裏手の方へ歩いて行くととても静かな雰囲気になり、我々外国人にとってイメージした通りの、絵に描いた様なパリの小道がそこにある。

モンマルトル

モンマルトル界隈の路地

カメラ片手に散歩するには絶好の場所。
絵になるカフェもある。

モンマルトル

ピンクの建物が目を引くカフェ・レストラン

そしてオ・ラパン・アジル。
かつてエディット・ピアフが歌い、ピカソやマティス、ユトリロ等が毎夜通っては酔っ払い、くだを巻いていたと言われる安酒場。
現在のオ・ラパン・アジルは観光客向けのシャンソニエ。地元の芸術家達が行くような場所ではないとのこと。私も一度だけシャンソンを聴きに行ったが、確かに客は外国人観光客だらけだった。
それにフランス人の知人曰く、シャンソンなんて今は誰も聴かないとのこと。
今やフランス人にとってのシャンソンは、日本で言えば民謡や浪曲のようなものか。

モンマルトル

オ・ラパン・アジルは直訳すると跳ねウサギ

凱旋門に登ったことがなかったので、シャンゼリゼに向かい、凱旋門のあるエトワール広場へ。

凱旋門

凱旋門は階段で上れる

凱旋門は巨大なロータリーの中央にあって、そこに行ける横断歩道が無い。
どうやって行くかというと、周囲の道から地下道で行けるようになっている。凱旋門の下に出たら、有料で内部に入れる。
エレベーターもあるようなのだが、何故か使えず、皆螺旋階段で登らされた。
凱旋門の上から見るパリの景色は想像以上に素晴らしい。凱旋門はそんなに高い建物ではないが、パリの街には高層建築物が無いので、この高さでも十分に見渡せる。
というか、高層ビルやタワーの展望台から見る景色は「見下ろす風景」になるが、凱旋門程度だと「見渡す」という感じで、実にいい感じ。

凱旋門から

凱旋門からエッフェル塔方向の景色

凱旋門は実は兵士達の墓所でもあるらしく、門の内側には戦死者達の名が刻まれている。
そして地下には本当に無数の戦死者が埋葬されているらしい。
その墓所の真上には絶えず灯されている炎がある。

凱旋門

炎の周囲には常に献花がされている

ラ・デファンスの新凱旋門にも行ってみた。
ラ・デファンスはパリの西の端にある副都心、高層建築も許可されていて、東京で言えばお台場とか、千葉の幕張みたいな所。(東京や千葉は中心部でも高いビルが建ってるけど)
で、そこに新凱旋門があるのだが、これは凱旋門ではなく、凱旋門の形状に似せて作られたガラス張りのオフィスビル。
この周りにはお洒落なショッピングモールとかもあって、近代化された新パリといった感じ。

新凱旋門

新凱旋門はエトワールの凱旋門より大きい

パリに行くとほぼ毎日、昼から夕方までは散歩をする。
小さな都市だし、徒歩とメトロで気ままに歩くのに丁度いい。それにどこへ行っても見所だらけ。

歩いて観光するならやはり中心部のシテ島界隈。
ノートルダム、ルーブルと目玉が揃っているし、なんたってセーヌ川がある。
ルーブルは一日や二日では見切れない。

セーヌ川

セーヌ川から見たコンシエルジュリ(アントワネットが幽閉された所)

写真を撮るにも絵になるセーヌ川の両岸。

セーヌ川

セーヌ川

有名な橋も多いので暇潰しに渡ってみたり。
例えば映画「ポンヌフの恋人」で有名になったポンヌフとか。

セーヌ川のポンヌフ

ポンヌフ。ポンは橋なのでヌフ橋。ポンヌフ橋と言うとヌフ橋橋と行ってることになる。

エッフェル塔へ。
エッフェル塔ももちろんいいけど、エッフェル塔そのものよりも、周辺の街並みが好き。
この辺りは高級住宅街でもあるのでハイソなパリの雰囲気を味わえる。
緑の多い公演もあるので、治安もよろしいのでボォーッとするのに最適。

エッフェル塔

エッフェル塔付近

ナポレオンの墓があるアンバリッドにも行ってみた。
フランス史に名を残す偉人達はパンテオンに埋葬されるのだが、ナポレオンはパンテオンには入れて貰えず、このアンバリッドに眠っている。

アンヴァリッド

ナポレオンの墓

ナポレオンの棺は色のせいで木製に見えるけど石棺。
皇帝にまで上り詰めた人の棺にこれだけ自由に近づけるというのは、凄い。
お兄さんのジョゼフの石棺の方がマーブルでゴージャスな感じがする。

アンヴァリッド

ナポレオンのお兄さんジョゼフ・ボナパルドの墓

郊外にも足を延ばしてヴェルサイユへ。
パリの中心部からRERで大体40分くらいで着く。
ヴェルサイユ宮殿は想像以上にでかかった。午後にゆっくり行ってしまったので、急ぎ足で見て回ることに。宮殿建物だけならそれほど時間はかからないが、庭園や敷地内にある離宮まで見て回るのはかなり時間がかかる。

ベルサイユ

ベルサイユ宮殿正面でルイ14世の騎馬像がお出迎え

贅を尽くしているという表現がぴったりな宮殿内部。

ベルサイユ

宮殿の中、鏡の回廊のゴージャスなシャンデリア

庭園の各所にある離宮はアントワネットや妾の女性達の為に、もしくはリクエストで建てられたものばかり。使い道は推して知るべし。
そんなことばかりしていては、革命が起きない方が不思議。

ベルサイユ

ベルサイユ宮殿の庭

パリでの食事はカフェで軽食、もしくはバケット(フランスパン)とフロマージュ(チーズ)をそれぞれ買ってきてホテルの部屋でワインと共に頂く、たまにオペラ界隈(日本人が多く集まる)でラーメンとか。良くても安めのビストロで食べるくらい。
ちゃんとしたレストランは利用しない。というか、ちゃんとしたレストランでのディナーは女性と同伴でないと利用しづらい。

しかしたまにはいい物を食べてみようと、ヌーベルキュイジーヌで有名な店のランチに行ってみた。フランス語のメニューは難解だが、それでも素材の名称から「鰻」を発見。
鰻は美味いに違いないと信じてオーダーしたが、出てきたのは鰻のぶつ切りをソテーしただけのもの。堅いわ、味がしないわで食えたものではなかった。
恐るべしヌーベルキュイジーヌ(新しい料理)。ヌーベル過ぎて私には合わなかった。

ヌーベルキュイジーヌ

ウナギのぶつ切り

パリは本当に見所の多い街だと思う。雰囲気もいいし、人も比較的に親切。
フランス人はプライドが高くて英語を話さないなんて噂もあるが、そんな印象は無かった。
皆、英語でちゃんと話してくれた。
ただ、こちらも最低限のフランス語は覚えて行った方がいい。
店に入るときは「ボンジュール」店を出るときは「オーヴァー」何かしてもらったら「メルシー」
何かを頼むときは「●●シルブプレ」これくらいで十分。
この程度でもちゃんと言うか言わないかで大きく違う。無言で挨拶もしなければそれなりの対応をされてしまう。

娘が18歳くらいになったらヨーロッパを巡るつもりでいるので、パリには必ず行くと思う。


ベルリン 一人旅 (2000年2月)


子供が生まれる5年前、2000年の冬に一人で訪れたドイツのベルリン。
東西統一から10年目に訪れたことになる。
スカンジナビア航空でコペンハーゲンまで行き、ルフトハンザに乗り継いで行った。
スカンジナビア航空の機内食が美味しかったことと、コペンハーゲン空港が綺麗だったこと、乗り継いだルフトハンザの飛行機が50人乗りくらいの小さなプロペラ機だったことを覚えている。

もうかなり記憶も曖昧なので写真で振り返ります。

アレクサンダープラッツ

アレクサンダープラッツ駅構内

 宿は旧東ドイツ側にあるアレクサンダープラッツ駅近くにとった。
当時のホテル名は失念してしまったが、現在のパーク イン ベルリンというホテル。
アレクサンダープラッツ駅の目の前で交通至便。

パーク イン ベルリン

現パーク イン ベルリンホテル

東ドイツ時代に建てられたホテルだけど、外観は立派な高層ホテル。
それなのにとてもお得な宿泊料金だったので予約した。 

パーク イン ベルリン

室内は質素で多少狭かったが、一人旅には必要十分

クーラーはない無いらしく室内には扇風機が置かれていた。
訪れたのは冬だったので冷房は必要無い。暖房はあったので快適。テレビや冷蔵庫はあった。
深夜になるとヨーロッパはどこでもそうだが、とってもアダルトな番組ばかり。CMもドイツのテレクラの宣伝ばかりやってた…。

パーク イン ベルリン

部屋からの眺望

高層ホテルなのでそれなりに眺望も良かったが、東ドイツ時代の街並みのせいか色が乏しいのが印象的。

パーク イン ベルリン

ホテルの正面玄関付近

このホテルのレストランでブッフェをやってると言うので一度行ってみたが、驚くほど不味かった。一階にバーガーキングがあったのでかなりお世話になった。

アレキサンダープラッツ

夜のアレキサンダープラッツ駅構内

とにかく駅が近いというのは便利。定期を買ってあちこち出掛けた。付近ではスキンヘッドでドーベルマンを連れたネオナチと思われる若者を多く見かけたが、治安は悪いという印象も無かった。

テレビ塔

旧東ドイツのシンボル、テレビ塔

未来的(古めの感覚での)外見で旧東ドイツのシンボルだったベルリンテレビ塔はホテルから徒歩圏。
界隈は広い公園とかもあって散歩するには最適。

テレビ塔

テレビ塔からの眺め

テレビ塔にももちろん登ってみた。ベルリンの街が一望出来る。

アレクサンダープラッツ

商店のディスプレイ

アレクサンダープラッツ駅の界隈は賑やかという感じではなかったけど、落ち着く街並みで、カメラ片手によく散歩した。

ベルリン

ポツダム広場界隈

電車に乗ってポツダム広場界隈へよく行った。(ポツダム市とは違う)
長くベルリンの壁で真っ二つになっていた広場は再開発ラッシュで、あちこちに工事のクレーンが立ってた。そしてクレーンには熊谷組と書いてあることが多く、日本のゼネコンが世界で活躍していることを目の当たりにした。

ポツダム広場界隈

新しいビルもあちこちに

クレーンとクレーンの合間に既に完成した真新しいビルがあって、街が急ピッチで作り直されていることが分かる。とにかく工事だらけ。

ソニーセンター

モダンなソニーセンター

ポツダム広場再開発の目玉で、先陣を切って完成したばかりだったソニーセンターにも立ち寄った。屋根が特徴的で皆、天井の写真を撮ってた。
熊谷組にソニー、日本の力を感じたポツダム広場。

アルカーデン

ポツダム広場付近のショッピングセンター

ポツダム広場には既に西側の匂いがぷんぷんする立派なショッピングセンターもあった。
アルカーデンというショッピングセンターで、3階建てのフロア全体を採光できるアーケードで覆った様な建築。

ベルリンのシネマックス

大きな映画館、というかシネコン

アルカーデンの側にはシネマックスという大きなシネコンがあって、ここで3本くらい映画を観た。
観た映画はジム・キャリーが出てた「マン・オン・ザ・ムーン」と市川崑の「どら平太」、そしてSABUの「MONDAY」

ベルリン国際映画祭

ベルリン国際映画祭のポスター

ベルリン国際映画祭が開催されていたことも旅の行き先にベルリンを選んだ理由だった。
なので映画祭の出品作品の中から観る映画を選んだ覚えがある。
市川崑監督もSABU監督も来ていたので、映画館で生で見た。

カイザー・ヴィルヘルム

カイザー・ヴィルヘルム教会

クーダム(旧西ベルリン)にあるカイザー・ヴィルヘルム教会。
大戦中のベルリン大空襲で破壊された当時のままの姿で残されていた。

ジーゲスゾイレ

ブランデンブルグ門からすぐのジーゲスゾイレ

映画「ベルリン天使の詩」で有名になったジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)。
近くのブランデンブルグ門から歩いて行ったのだと思うけど、何故かブランデンブルグ門の写真が無い。逆にここからブランデンブルグ門に行って、暗くなって写真が撮れなかったのかもしれない。
この金色の像は天使ではなく勝利の女神ビクトリア。
パリのルーブルにあるサモトラケのニケも実は同じ女神で、ニケを英語読みするとナイキ。
スニーカーで有名なナイキはここから名をとった。あのマークは女神の翼をデザインしたもの。
以上豆知識。

シュプレー川

シュプレー川

シュプレー川には遊覧船があった。乗らなかったけど。
この川沿いの辺りで蚤の市があったのでそれに出掛けた。市の名称は失念してしまった。 

ベルリン 蚤の市

蚤の市の風景

ここから博物館島に渡り、ペルガモン博物館に行った記憶があるので、その近くだったと思う。

ベルリンの蚤の市

蚤の市

この蚤の市で多く目にしたのが日本のアニメや漫画の海賊版Tシャツ。
セーラームーンとか、少年ジャンプの漫画とかを勝手にアイロンプリントして作った様なもので、中には字が反転しちゃってるのもあった。
ここで私はマレーネ・ディートリッヒのCDを1枚買った。

ペルガモン博物館

ペルガモン博物館のペルガモンの大祭壇

シュプレー川の中州に博物館島という場所があり、そこにペルガモン博物館はある。
ペルガモン博物館はペルガモンの大祭壇をはじめとする巨大展示物を収蔵するために作られているせいか、とにかく広々している。いる場所が既に展示物という感じで、何をどう観ていいのか分からないという印象が残ってる。

博物館島

博物館島界隈

博物館島の並木道は第三の男チックで素敵だった。

スタッドミッテ駅

Uバーンの出入り口

Uバーンに乗ってチェックポイントチャーリーのあるスタッドミッテ駅へ。
Uバーンとは地下鉄のこと。地上鉄道はSバーンと言う。
チェックポイントチャーリーは東西分断時に境界線上あった国境検問所。
(東側は国境と言っていたが、西側はこれを国境と言わず、チェックポイントと呼んでいた)

チェックポイントチャーリー博物館

チェックポイントチャーリー博物館

ここには東西分断の歴史に纏わる展示物を観られるチェックポイントチャーリー博物館がある。
入り口に掛けられているのはベルリンの壁の破片。

チェックポイントチャーリー博物館

東ドイツ脱出に使われた車

展示物はベルリンの壁を越えようとした東側住民の悲劇を伝える物が多い。
検問所で見つからないようにエンジンルームやスペアタイヤ収納スペースを改造して隠れ場所を作った車などがある。

トラバント

東側を代表する車トラバント

東ドイツと言えばトラバントという車。西側ではメルセデスやBMWといった先進の車を製造するメーカーが育っていたが、東側は戦前とさほど変わらない車が生産使用されていた。
国の発展はその民族性よりも国家の政治体制によって大きく左右されるという証拠。

ベルリンの看板

マクドナルドの看板

今も残るベルリンの壁を見に行く途中、カタカナでジャイアントと書かれたマックの看板を発見。
ビックマックのことだろうか?

ベルリンの壁

現存していたベルリンの壁

ベルリンの壁に様々な絵が描かれているイーストサイドギャラリーと呼ばれる場所。
1.3kmに渡って世界中のアーティスト118人が描いた絵の数々は圧巻。
ベルリン観光の中で私的にはメインスポット。

Sバーンの駅

Sバーンの駅

Sバーンに乗って郊外のポツダムに。ポツダムと言えば連合国首脳によって日本の降伏条件が話し合われた場所。ポツダム宣言のポツダムです。日本人にとっても縁の場所です。

Berlin057

駅前に映画博物館なんてものがあったので立ち寄りました。
ドイツ映画に纏わる展示物があるんですが、そのドイツ映画の歴史をよく知らず、初期のドイツ映画に興味があったわけでもないので、あまりよく分かりませんでした。
説明はドイツ語だし。
ディートリッヒに関する展示もちょっとあって、何となく記憶に残ってるのはそれくらいです。

サンスーシ宮殿

サンスーシ宮殿

ポツダム観光の目玉、フリードリヒ2世の居城だったサンスーシ宮殿。
宮殿と言ってもベルサイユとかにくらべると外観の装飾面は少なくて質素な感じ。

ツェツィーリエンホーフ宮殿

ツェツィーリエンホーフ宮殿

こちらがポツダム会談の行われたツェツィーリエンホーフ宮殿。
こちらも宮殿というよりはでっかい高原のホテルといった趣き。
サンスーシ宮殿もこのツェツィーリエンホーフ宮殿も世界遺産。

ドイツのソーセージ

ドイツのソーセージ

ドイツに来たのに毎日バーガーキングや中華、はては回転寿司とかを食べてばかりいたので、ベルリンで評判のソーセージを食わせてくれるというレストランへ。
当時はネットの口コミサイトとかは無かったので、確か「地球の歩き方」かなんかに載ってたんだと思う。
で、ソーセージ料理の中では最も人気があるという写真の料理を頼んだが、なんかブヨブヨグニャグニャした食感でイマイチだった…というよりも私的には不味かった。
日本ハムのシャウエッセンが一番美味いと思う。

テーゲル空港

ベルリンテーゲル空港

10日間か2週間くらいはベルリンに居たと思う。
帰国の日はタクシーでベルリンテーゲル空港へ向かったこと、そのタクシーの運転手が親切だったことを記憶してる。
そして統一ドイツの首都となるベルリンの国際空港が、こじんまりした空港だったのも覚えてる。

帰りもコペンハーゲン乗り継ぎで成田へ。
コペンハーゲン空港で成田行きのスカンジナビア航空が6時間くらい出発遅延となって、空港内で使える飲食券を貰ったのも思い出。